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大阪家庭裁判所 昭和54年(少ハ)2号 決定

本人 H・N(昭二四・九・二九生)

主文

本人を昭和四五年五月三一日まで中等少年院(浪速少年院)に継続して収容することができる。

なお、大阪保護観察所長は、本人に関する環境調整として、次の措置を執られたい。

本人が少年院から退院するに際して適切な就職先が確保されるよう、早急に意欲的な協力・援助を実施すること。

理由

〔本件申請の要旨〕

本人は、昭和四四年四月五日浪速少年院に入院し、その後少年院法一一条一項但書に基づくいわゆる院長権限によりその収容を継続されたが、昭和四五年四月二日にはその収容期間も満了するものである。しかしながら、本人は同年二月一六日に最高処遇段階の一級上に進級したばかりであつて、自主性や自立性に乏しい性向はもとより安易で場当たり的な生活態度も未だ矯正されておらず、確固たる生活観や職業観の涵養が十分とはいえないほか、今後の就職先についても何ら具体的なものが確保されていない状況であるから、本人の健全な社会復帰を実現するため、引続き同院において出院準備教育を徹底せしめるなど専門的な指導を実施していく必要がある。よつて、少年院法一一条二項により、同年一〇月二日までの収容継続決定を申請する。

〔当裁判所の判断〕

一  収容継続の必要

(一)  本人は、放逸な生活をくりかえすうちに、昭和四四年四月三日当裁判所において恐喝の非行事実に基づく中等少年院送致決定を受け(昭和四四年少第一四〇四号)、同月五日右決定に基づき浪速少年院に入院、その後同月九月二九日満二〇歳に達するも少年院法一一条一項但書に基づくいわゆる院長権限によりその収容を継続され、昭和四五年四月二日その収容期間が満了すべきものであつたところ、同年三月二八日に至つて本件申請がなされたものである。

(二)  本人は、入院当時、自主性や自立性に乏しく、軽佻で附和雷同的な性向を有していたほか、目標を持たず安易で場当たり的な生活態度に終始しており、就労意欲も極めて低調であつたと認められる。

(三)  ところで、本人は、昭和四四年四月五日に入院後、同年一〇月九日に自傷・器物損懐(謹慎七日間)の反則事故が一回あつたのみで、同年八月一日二級上、同年一二月一日一級下、昭和四五年二月一六日一級上と順調に進級し、その間努力賞四回・精励賞四回・特別精励賞二回を受けたほか、職業指導面においても溶接技術の習得に努め日本溶接協会認定の溶接技能試験専門級に合格するなど、その成績は比較的良好であり、少年院の側においても、このような本人の成績を評価し、本件申請が認容せられた場合においても、直ちに出院準備教育を実施する一方、出院後における就職面の調整をもはかり、早急に本人の仮退院を申請のうえ同年五月末か六月はじめには本人の仮退院を実現させたいとの意向を有している模様である。

(四)  しかしながら、他面、本人は、一級上に進級後なお日が浅いことなどもあつて、未だ出院準備教育を受けるには至つておらず、そのようなこともあつてか、今後の就労関係について自ら積極的に考えたり心を砕いたりする真剣さがいまひとつ欠けているように見受けられ、自らの希望によつて習得した溶接技能でありながらこれを今後の生活に活かしていくという着実な考えも持えず、最近においても、少年院の側から出院の準備として就職先の確保をうながされるや、何ら確実な見込もないまま兄の働く自動車修理工場に就職したいと申述べてこれを固執するなど、その生活観・職業観にいまなお安易で場当たり的な面の残存していることが認められ、このほか、審判の場に臨んだ母において「就職先は本人が出院してから決めればよいと思つていた」と陳述し、さらに父においても「私は仕事の関係で週に三日ぐらいしか帰宅しないので母と兄とで決めた本人の就職先のことは知らない」などと陳述していることからもうかがわれる如く、出院後の本人を受け入れその更正に協力していくべき立場にある家族員の側においてて、本人のもつ問題点を理解していこうとする積極的な姿勢が不十分であり、したがつてまた、出院後における就職先についても何ら確実なものが確保されていない現況であり、本人の犯罪的傾向が完全に矯正されたとは断じ難く、本人を直ちに出院せしめることをためらわしめるような問題点がいまなお現存しているといわなければならない。

(五)  上記の各状況に照らすと、本人に対しては、なお出院準備教育を徹底せしめる一方、出院後における就職先の確保など環境面の調整をもはかり、そのうえで、本人の出院を実現せしめるというのでなければ、少年院におけるこれまでのせつかくの教育的成果にもかかわらず、本人をして再び従前の如き安易な生活態度に走らせる結果となり、かくては本人の健全な更生も期し難いものと思料される。

果してそうであるとするならば、本人に対しては、なお相当期間少年院における収容を継続する必要があるものといわなければならない。

二  収容継続の期間

本人は、昭和四五年四月二日の収容期間満了によつて退院できることを期待し、その故にか一年余にわたる院内生活においても前述の如き好成積を維持してきたものともうかがえ、その更生意欲はいまや大きな盛り上りを見せている段階と見受けられるので、本人がすでに満二〇歳の成人に達しているということをも考えあわせてみるときは、前述の出院準備教育や環境調整は、これを可能なかぎりの短期間内に確保したうえ、早急に本人の出院を実現するという態勢にもつていくことが、かえつて本人の更正意欲をより確実ならしめるゆえんであると思料され、なお、その出院についても、これを爾後に保護観察期間を残存せしめるなどの不確定な要素を持つた仮退院という形にするのではなく、確定的な本退院という形に定めることの方が、より一層本人の自覚を促すことができ、結局は本人自身の自覚と努力に基づく自立的な社会復帰をより円滑に実現せしめるものと期待される。

かかる観点からするときは、前述の如き出院準備教育や環境調整は遅くとも向後約一か月の間に確保させることが必要と解されるから、諸般の状況に鑑み、本人に対する収容継続の期間はこれを昭和四五年五月三一日までと限定するのが相当であると認められる。

三  保護観察所長による環境調整措置の必要

ところで、前述の如き就職先の確保など環境面の調整については、まず第一に本人の両親など本人側の自発的な努力に俟つべきことがらではあるが、本件の場合においては、向後約一か月の間にその実効性を確保しなければならないという差迫つた状況が控えているうえ、家庭環境の実情が前述の如き状況に止まつていることをも考えあわせてみなければならず、この際は専門的な機関による積極的な協力・援助がぜひとも必要と認められるので、この時点において保護観察所長による意欲的な環境調整の措置を仰ぐことが必要かつ相当と思料される。

四  むすび

以上によれば、本人に対しては、昭和四五年五月三一日まで中等少年院(浪速少年院)における収容を継続するとともに、保護観察所長による意欲的な環境調整の措置を仰ぎ、あわせて本人の円滑な社会復帰を期するのが相当であると認められる。

よつて、収容継続の点につき少年院法一一条二項、四項、少年審判規則五五条によつて準用せられる同規則三七条一項を、保護観察所長に対する環境調整命令の点につき同規則五五条によつて準用せられる少年法二四条二項、同規則三九条を、それぞれ適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 栗原宏武)

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